羊女のニュージーランド滞在記

羊女、羊の国のカフェでコーヒーと人生について考える

積ん読をめぐった冒険 「ゲスな女が、愛される。」(心屋仁之助/廣済堂出版)

実は結婚適齢期は完全に逃している歳な羊女。「ゲスな女が、愛される。-あっという間に思い通りの恋愛ができる!」(をカバーなしカフェで堂々と広げ、うむ、なるほどと頷いているあたり、もうお前に心屋仁之助は必要ないだろう、と思うのですが(笑)いやね、いろいろ思うところがあるのですよ。こういうの読むと、「私はなにしても愛されるんだ★」って思う人いるだろうな。それでぶっちゃけ面倒くさい人間増えるんだろうな、と若干危惧したりする羊女ですが。(こういうの読んでると、そういう風に思う人いませんかね?)

ただ、この国で生きていると、実は「何をしてもいい」というだけで、別に「愛されない」。むしろ嫌われる。政策をかけて追いだそうされる時もある。でも何でもしやがる(笑)ようは「気にしてない」だけだと思うんです。

で、心屋氏の言いたいことって要は「気にすんな」ってことなのかなあ。とか。でもその分、「「マジでこいつ死ね」とかいう暴言を食らう度胸も持っとけ」みたいな。それで最終的に何が残るかは、その本人の言う「ありのままの自分」の価値そのものなんじゃないかなあ、と。いやね、最近「私はなにしても愛されるんだ★」的20代に遭遇し、年増羊女は「なんか釈然としないなあ」と唸った上で、あえてこの腹立たしい(すみません心屋氏。たぶん彼はわかる人だと思う。)タイトルの本を引っ張り出してきたのですが、最終的に彼女の結末を見た私の結論としては「やっぱ愛されないんだー」でした(笑)しかしながら、よく考えれば、この国の(一部の人の)ように、「愛されたい」という欲求を放棄すれば、「何でも出来る」。要は「ありのままの自分でいた」かったら、「愛されたい」欲求を棄てる。で、残ったもの(あるもの)で満足せよ、ということでしょうか。残ったもの(あるもの)が自分の価値。てゆうか誰か愛してくれるよ、あれだよ、世界中の人々がみんな敵に回っても僕は君を愛し続ける、あれ。私はあのヤングガールが「愛された」とは思いませんが、もしかしたら彼女は自分は「愛されている」と思ったかもしれませんしね。そうしたらそれがいわゆる「好きなことをしていきていける人生」なんでしょう。そうだったら、彼女は幸せであって、あっしには関わりのねえことでござんすよ。


「好きなことをして生きていく」とか「いい加減に生きる」とか「がんばらない」とか、そういうのは、要するに1つの視点だけじゃなく、多数の視点から見てみよう、今まであなたが見ていた視点て言うのは一部でしかなくて、それはあなたじゃないのかもよ、ということなのかもしれません。その中でそれでも自分が大事にしていることは貫いていけばいい。「ありのままの自分は列を並びたくないの」というひともいると思う。でも誰かは「ありのままの自分でも順番はきちんと守りたい」と思う。それで前者が列を割り込んだら、後者がただ言う。「順番守れや」。どうなるかはその時に決まるし、大抵の場合、こういう前者のひとは「これがありのままの自分だから」と反論する(ヤングガールのように)。ふーん、そう。知らんし、気分悪いけれど、私はあんたみたいになんないわー、というそんだけのことなんでしょう。(多分)で、忘れるしかない。


書けば書くほど何言ってんだ的な文章になりますが、とりあえず読書記録つけたかっただけ(笑)さもないとこの膨大な本たち、いつまで経っても読まないんですもの!

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